東電刑事裁判で明らかになったこと (彩流社ブックレット)

福島原発事故直後以来、「津波は想定外で、事故原因は想定外の天災であった」という説明が、東電はもとより、政府からも流布されてきた。マスコミもほとんどがそれに従属してきた。ときおり、それに対する反証が心ある記者・ライターの手で発掘されてきたが、政府事故調や国会事故調の調書が退蔵されてしまい、客観的な情報が市民から隠蔽されてきた。その結果、市民もいく分の疑いを懐きながら、「仕方がなかったのかも」とあきらめの気持ちの中に流されてきた。この本は、地震調査研究本部の地震・津波専門家たちが具体的に福島第一サイトに高い津波が来るという予想を立て、東電社内や系列の日本原電社内の土木・建築担当者たちが具体的に15.7ｍ（福島第一で）の津波来襲に備えた対策を立てていたことを証人尋問で詳らかにしたことを分かりやすく説明している。東電と情報を共有していた東海第二では津波対策が完了していて過酷事故を回避でき、東電は経営判断によって対策を先送りしたので過酷事故に至った、という経緯が明瞭に納得できる。もう一つの問題として、双葉病院から避難命令に従って避難した患者さんたちの中から44人もの死者が出た経緯が明らかにされている。警察や自衛隊は、事故の成り行きによって、患者を高濃度汚染地帯に置いたまま自分たちが避難したり、避難支援活動を見合わせたり、ある時は院長や病院スタッフに避難を命じたりしている。そのために、3月14日夜には自衛隊が全員退去し、警察がわずかに残った3人の病院スタッフに川内村へともに退避することを命じ、多くの患者たちが誰も世話する人がいない状態で取り残されてしまった。これは深刻な問題をはらんでいる。現在各原発地元自治体や県が定めている「緊急時避難計画」の中には「殿軍」を置くことを規定していない。線量が高くなると、自治体職員・自衛隊・警察が真っ先に逃げる。しかも警察は、病院のスタッフにも退避を命令する。そうすると、平常時はケアを受けている患者たちが、非常時にはケア無しで見捨てられる。日本の行政機構は「殿軍」を設けない。かつて満州の関東軍がいち早く逃げたように、特別の危険な状況に立ち向かう職務の行政職員たちも、住民たちを放置して（自分たちが持っている情報を住民たちに伝えることも拒否して）われ先に逃げる。この人々に業務として「殿軍」を命じるには、法令にきちんとした定めを記載しなければ義務を課することはできない。現在、平時において「防災避難訓練」が行われているが、相変わらず「殿軍」を置いていない。法令に「殿軍」を規定しない「防災避難計画」は、「官庁職員は最初に逃げるから、その後勝手に逃げる練習をせよ」といっているに過ぎない。これは致命的な法令上の欠陥である。この本の著者は長年原発訴訟に取り組んできた弁護士であり、その解説は整理が行き届いている。問題のありかが奈辺にあるかを明快に指摘していてわかりやすい。